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いちじく山 ▲△▲ 暮らし

摩訶不思議の国の絵描きAyaの犬と猫とアートな日々。

夏の花

吉俣耕二さんのライブのフライヤーを制作させていただきました♪

毎年、8月6日と9日、広島と長崎に原爆が落ちた日にライブをされています。

イラストは、自由に!といっていただけたので、

5月の吉俣さんのライブで感じたものを形にしました。

 

個人的に、吉俣さんは激情の音楽家だなぁ…!と思っています。

私は気功、カンフー、太極拳を習ってたことがありますが(超ヘッポコでした☆)

吉俣さんの音楽は、そういう武術に似ている。

気を、練って練って、バーン!バーン!と打ってくみたいな。

強烈な感情が放出されるので、

聴いているこちらは、まるで爆弾を受けたような衝撃が走る。

でも反応しているのは、紛れもなく自分自身の感情であり、心と身体なのだ。

 

だから、終わった後、会場はシーンと静まりかえり、誰もが言葉を失っている。

それぞれの人が、あまりにも個人的な体験をしているからだ。

自分自身と向き合うことのできる、すごいライブだと思います。

あくまで私の感想ですが。楽しみ方は人それぞれですね☆

 

ご興味持たれた方はぜひぜひ、足をお運びください~♪

 

↓フライヤー

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↓吉俣さんのサイト

umiyamaneko.thebase.in

 

 

私の話になりますが、

4月に行った勉強会で、広島に原爆が落ちた翌年に

そこで「祝平和祭」というイベントが催されていたという当時の新聞記事を見ました。

仮装した人々のパレード、盆踊りをする人々など賑やかなお祭りの様子と共に

見出しは「歓喜でもみくちゃ」とありました。

歓喜」…「原爆」のイメージとは、正反対にあるように感じられる言葉。

 

想像を絶するほどの壮絶な体験をした人々が

当時、どんな想いや願い、祈りを込めて、そこに参加したのか。

もちろん、参加したくなかった人もたくさんいただろう。

当時を知る人に聞いたとしても、人それぞれ、感じ方、捉え方は違うだろう。

 

ただ、私は、まったく個人的で自分勝手な想いですが

人類最大級の悲劇のあったその場所で、

たった一年後、まだ生々しい傷跡、未来への不安、苦しい生活の中にあった時に

(むしろ、その時だったからこそ、だと感じますが)

歓喜」という表現をされるようなイベントが

そこに生きる人々によって催されたという事実に

「それでも、それでも、私は、生きる。生きているんだ!」という

生命力と、誇り、ものすごい希望を感じました。

 

どんな人にも、まぶしいくらい光り輝く、美しい生命がある。

そして深い深い愛がある。

その輝きは、どんな体験をもってしても、その人以外の誰にも

奪うことはできない。

 

誰もが、私と同じように、

思いっきり、生きたい。

思いっきり、笑いたい。

誰かと一緒に生きたい。

そして、愛し、愛されたい。

愛する人たちの、喜ぶ顔が見たい。

そう願っているのではないだろうか。

 

みんながシンプルに、自らの愛と情熱に忠実に生きられれば

考え方の違いを乗り越えていける。

違いを見つけてつぶしあうんじゃなくて、

それぞれの違いを尊重して、話し合って、信頼して、協力して、

生かしあって

共に世界を創っていける。

そう信じています。

 

 

フライヤーを作っていて、初めて気が付きました。

8 は横にすると∞(無限大)

69 は陰陽のマーク

人類最大級の痛みと悲しみが炸裂したこの日は

同時に、希望の日でもあると、私は感じています。

 

だから、8月6日・9日を、世界の休日に!という吉俣さんの提案に

私も賛成します♪